今日は死ぬのにいい日だぁ🌀

〈tad公式ブログ〉明日の事はなーーんも考えず、今日1日を全力で生き抜く!

タグ:モンタナ

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眩しいほど美しい、若きブラッド・ピットの代表作である『A RIVER RUNS THROUGH IT』(リバー ランズ スルー イット)の舞台となったのが1920年代のモンタナ。

その映画撮影のロケ地の一つに、モンタナ州ボーズマンを流れるトラウトフィッシングで有名な川、「Gallatin River」(ギャラティン リバー)がある。

劇中のシーンで、大きな岩の上に立って華麗に弧を描いてフライフィッシングをする場面があるが、実際にギャラティン リバーに行くと、その岩を見ることができ、あたかも映画の主人公ブラッド・ピットになった気分になれるという。

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その「ギャラティン リバー」の支流にあたる川で、近隣のダウンタウンで自身が通った大学のあるボーズマンから、車で15分ほどのところに『East Gallatin River』(イースト ギャラティン リバー)がある。

そもそも、モンタナ州はフライフィッシングの聖地とも呼ばれ、豊かな自然に育まれた野生の、しかも大型のレインボートラウトやブラウントラウトが釣れることで有名。アメリカでフライフィッシングをやったことがある人なら誰でも憧れる地であり、最終到着地点でもある。

自分もコロラドでフライフィッシングを始め、ずっと憧れであった聖地モンタナに、学校を編入してまでフライフィッシングのためだけに移り住んだ一人。

でも、そんなフライフィッシングの聖地のモンタナだけど、誰でも簡単にでっかい魚が釣れるとは限らない。大勢の釣り人たちが州の内外だけじゃなく、日本などの海外からもモンタナの地を訪れているため、魚たちが神経質になり人間を警戒してしまう、"スレた" 状態に陥ってしまい、かなり難しい、チャレンジングな釣りになっている。

コロラドで場数を踏んである程度釣りに自信があった自分でも、そこそこのサイズのトラウトは釣ることが出来ていたが、大台の20inch(50cm)オーバーのトロフィーサイズの魚は、21inchがそれまでの最大で、片手で数えられる程しか釣り上げることが出来てなかった。

なんとかして、日本に帰国する前に、記憶に残るでっかい一匹を釣り上げたいと思って、地図を見て探し当てた『East Gallatin River』(イースト ギャラティン リバー)に、アメリカでのフライフィッシング人生のすべてをかけて、2月の真冬も真冬、気温も氷点下15℃の中、学校帰りに通い続けることに。

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冬季の釣りは、凍てつく寒さで最大でも3時間程しか釣りをすることができないといった過酷なものだけど、その反面、餌となる水生生物の活性が落ちるため、魚がお腹を空かせていることが多く、夏の間あんなに警戒心が強かったデッカイトラウトも、いとも簡単に釣れてしまったりするので、自分には絶好の釣りシーズンだった。

その『イースト ギャラティン リバー 』は、ボーズマンの東1.6kmを始点とし、隣町のマンハッタンの3.7km北で本流の、あの「ギャラティン リバー」と合流する、全長68kmの比較的川幅が狭い、こじんまりとした河川である。

立地がダウンタウンから凄く近いのにも関わらず、知名度は高くない上、川自体が私有地である農地の中を縫うように流れているため、ちょっとでも川から出て岸を歩くと不法侵入になる。そのためか、釣り人は少なく、比較的魚がすれていないという、知る人ぞ知る最高の釣りスポットだった。

しかも、温泉水が流れ込んでいるのか、川幅が3〜5mと狭いにも関わらず厳冬期でも川面が完全に凍ることがなく、冬でも餌となる水生生物が十分摂取できるため、魚が大きく育っている。

ただ、冬場の川は渇水気味で川の水深は膝下と浅く、川が湾曲して流れが澱んで深くなっている、いわゆる「プール」にしか魚が生息できない状態なので、ある意味自然の釣り堀みたいになって、若干釣りの醍醐味に欠ける。

その釣り堀のプールには、本当に異常なくらいに魚が溜まっており、平均40cm前後、最大48cmのサイズの大きいトラウトが、2,3時間で20匹近くも釣れることがあった。

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絶対に、もっとサイズの大きな、川のぬし的なトラウトがこのプールには住み着いている、と確信するのに時間はかからなかった。


時には、猟銃を持った土地の所有者に威嚇されたり……

時には、ハンティングで銃声が響き渡る中、怯えながらも身を低くして釣竿を振ったり……

時には、あのアメリカの象徴の鳥「ハクトウワシ」がすぐ近くで餌を捕食しているのを目撃して興奮したり…

またある時には、大型犬並みの大きさのビーバーの死骸を目の当たりにして、野生動物のもつ迫力に圧倒されながらも……


通い続けること1週間、辺りが薄暗くなって日が暮れようとしていた午後6時過ぎ、その時はついにやってきた……


今までとは比べ物にならない強い引きで、釣り竿があり得ないくらい「ぐにゃっ」、と今にも聞こえてきそうなくらい弓なりにしなった。

一瞬、川底に沈んでいる流木でも引っかかったのかとも思ったが、直ぐに、魚のものだと理解した。

駐車場2台分くらいの面積しかないプールは、その上流下流とも川底が見えるほど浅い水深になっているため、魚にとったら逃げ場がないから自分には都合がいい。


勝算はある!


逃がすもんか!


映画のなかのブラッド・ピットのように川の中に引きずり込まれても、なにがなんでも釣り上げてみせる!


もう、心臓は、何本も100mをダッシュしてるかのうように、破裂しそうにバックバク。気絶してもおかしくない。

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釣りのラインが細い上に、その先に付いている淡水エビの”スカッド“に似せて作ったフライも、小豆大の極小サイズなので、めいいっぱいの力で闘いたいが、そうもいかない。ラインが切れたり、針が外れてバレてしまう恐れが。

今までに学んだ、経験したことの全てを振り絞って、全神経をロッドとラインのコントロールに注いで、慎重に慎重に慎重に、格闘し続けた……


すると、30分以上経過してようやく、力尽きた魚が姿を見せはじめた。


目を疑った。


ま、マジ、デカイ!!


自分史上、今までで一番大きい!


なんとかして、プールの下流の浅瀬に引きずり込むことに成功!

最後は、釣竿そっちのけで走り寄って、腕で抱き抱えるようにして安全な岸へと魚を放り投げた。

その慌てようと言ったら、恥ずかしくて他人に見せられないくらい。


石がゴロゴロしている岸辺で、バッタンバッタン暴れている奴は、アゴがしゃくれた鮭みたいなブラウントラウトだった。

興奮と緊張で震えが止まらない手で、メジャーを使ってサイズを測ったところ、な、なんと、26インチ(65cm)もあった‼️



よっしゃあああああああああああああああぁああああぁぁああぁ‼️


o(^o^)oo(^▽^)o(≧∇≦*)♪(´ε` )\(^o^)/(^_^)v



土地の所有者に撃ち殺されるか心配だったが、遠くまで響き渡る大声で叫びまくった。

もう、釣りする目的を失うくらいのサイズ、これ以上大きいサイズはもう釣れないだろうと思うくらい。(でも実際、この数ヶ月後にビーバーヘッドリバーで、これより大きなレインボートラウトをヒットさせたが、川の流れに押し流されて針が外れてしまった…)

こういう時に限って、カメラを持ってきてないんだもんな。

悔やんでも悔やみきれないが、貴重な瞬間を写真に残せず、頭の中に記憶として残っているだけ。


イースト ギャラティン リバー……

時を超越して、決して忘れられない記憶として自分の中を、今この瞬間もゆっくりと、途切れることなく流れている。

自分にとっての『A River Runs Through It.』。



ちなみに、実際の川の様子は、上の動画の感じになります。

どう? 

釣りたくなってきたでしょ?

大きいトラウトがどこかに潜んでると思うと、おら、わくわくすっぞ!(笑)


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子供のときから熱帯魚や爬虫類を飼育するのが大好きだった。自然の中で遊ぶのもそうだった。

高校まで仙台で暮らすが大学からは動物の生態を学ぶ為に単身アメリカへ留学。

コロラド州デンバーから北へ1時間ほど車で行ったところにある閑静な町、フォートコリンズにあるコロラド州立に入学、動物学と魚類生物学を、よせばいいのに欲張ってダブルメジャーで専攻。

すぐに、大自然で生物と向き合う事ができると思って、フライフィッシングを始めた。

とにかく色んなとこに釣りに行った。

数打てば大きいのが必ず釣れると思ってた。

夕方の時間帯のライズが起きるほんの1,2時間程度の為に、片道350キロを車で飛ばして、日帰りで行くことなんて当たり前の生活を送った。

その後、フライフィッシングの聖地のモンタナに移り住み、ボーズマンにあるモンタナ州立大学で魚類及び野生動物保護管理学を専攻しながら、今まで以上にフライフィッシング三昧の生活を。

釣りばっかやってたので、やっとの卒業。

日本に帰国するが、自分の経験を生かせる職と自分が望んでるワーキングスタイルが上手く噛み合わないと言う言い訳ばかりで、就職に相当な苦労をする。

まあ、自業自得だけど。
ダメダメ人間…

それでも 何とか環境アセスメント調査で動植物の生態調査業務に従事するも、満足いかずに奥多摩や苫小牧のビジターセンターで自然観察ガイドの経験を積む。

生計を立てるがため、取り敢えずは大学の時との専攻とは「動物」という以外は全く分野が異なるが、東京にて研究用哺乳類の飼育繁殖管理業務に携わる事に。

懲りもせず、アメリカまで行ってこんなんでいいのか俺? 野生動物とか自然を仕事にしたいんじゃないのか?、と自分の中で相当な葛藤があったけどね…

途中動植物生態調査の業務や自然観察ガイド業に携わるも…


気が付けば、南国好きになってて、大学時代の友人のつてで石垣島の大自然で、逮捕された高城沙耶じゃ無いけど、流行りのロハス?を目指して農業をやった。(実際そんなんじゃなかったけど・・・笑)

現実は全然甘くなく、経済的将来性を案じて石垣島の生活を断念。

結局、奥さんの実家がある熊本で動物管理業務に復帰。

業務委託で熊本の大学の医学部にある全国的に規模の大きな研究用動物施設で勤務する事になったが、劣悪な職場環境と人間関係に耐えられずALSを発症。

退職して仙台に戻る事にしたが、前職の経験を活かせる業種がなく途方にくれる。

そんな中、ダメ元で応募した大学の医学系研究科にある研究室で動物や細胞を使った臨床試験業務に従事する事に。

実務経験はほとんど無かったが、動物の扱いには誰よりも自信があったし、自分で言うのはなんだけど極小のフライを巻けるくらい手先が器用な方なので、究極な正確性が求められる採血や毒性試験などの薬効薬理評価の経験を重ねて、この仕事自分に合っている、楽しいと思えるようになった。

理解のある、良識のある、心優しい上司や先輩方、同僚に恵まれたのもすごく大きかった。

そして、初めて自分に向いてる天職だって思えた。

最後の最後で寄り道し過ぎたけどやっとわかった。自分がやれる事やるべき事って、自分はこうでありたいと願う「理想」とは違うんだ、って。

でも、もう遅いんだな。病魔がドンドン体を蝕んでるんだからねえ・・・・

もっと早く気付いてれば。

ライフワーク。そう簡単には見つからないし、生涯をかけて見つけるから「ライフ」って言うのかも。

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